小樽港海の幸お届け便

登録商品

小樽の海からどんぶらこ、恵比寿様が旨いもの連れてやってくる。


海の向こうを「神の住む国」とし、海からの恵みは福をもたらすものと考える「えびす信仰」に因んだ『小樽大漁箱』。

 

小樽水産加工業協同組合員各社の多種多様な商品の中から、選りすぐりの商品を一つの箱にたっぷり詰め込み、お届けします。

 

小樽の海の幸を召し上がり、皆様に福が訪れますように。

『小樽大漁箱 鶴セット』

小樽水産加工業協同組合員各社の多種多様な商品の中から、選りすぐりの5品を一つの箱に詰め合わせました。

 

¥6,480(税込/送料込)※一部地域を除く

  

【セット内容 全5品】

小樽の小鍋「石狩鍋」(280g×1個)/小樽数の子松前漬(200g×1箱)/北海道産春にしんマリネ(300g×1箱)/開き真ホッケ(300g×1尾)/香燻さばスモークスライス(80g×1袋)

『小樽大漁箱 亀セット』

小樽水産加工業協同組合員各社の多種多様な商品の中から、選りすぐりの9品を一つの箱にたっぷり詰め込みました。

 

¥10,800(税込/送料込)※一部地域を除く

 
【セット内容 全9品】
小樽産かにおこわプレミアム(120g×2個)/小樽数の子松前漬(200g×1箱)/北海道産春にしんマリネ(300g×1箱)/小樽産子持ちにしん群来巻(1本入り)/開き真ホッケ(300g×1尾)/香燻さばスモークスライス(80g×1袋)/いか塩辛(70g×1袋)/塩さけ熟成切身(120g×2切)

なまら旨い!小樽の水産加工品


小樽水産加工業協同組合
代表理事組合長 土井 讓

小樽は、鰊漁の漁師さんたちによって村並が始まり、その生い立ちから水産業と深く結びついています。
当組合は今年創立52周年を迎えましたが、組合員の中には4代にわたって115年続く会社もあります。現在の組合員数は16社で、開き物や切身、揚げ物、おこわ製品、甘露煮、飯寿司、蒲鉾や数の子・たら子など多種にわたる水産加工品を製造しています。


この度、当組合員各社のバラエティーに富んだ水産加工品をまとめてご家庭で味わっていただこうと「うんがぷらす」さんと一緒に『大漁箱』を企画いたしました。
これまでも、様々な形で各社独自に販売を行ってきましたが、各社がこだわりを持って製造している商品をセット販売することは初めてです。小樽で加工した海の幸をぜひご堪能ください。

 

2020年10月

お届けのカタチ

 

小樽の海から「幸せ」を運ぶ「小樽港海の幸お届け便」。小樽の漁港を描いたラベルを貼り、ブランド概要や商品ラインナップ(金額表示は致しません)の他、「UNGAPLUS」をご紹介するリーフレットとお品書きを添えて、ギフトとしてもお使いできる形でお届けします。

ニシン漁の繁栄ぶりを描いた「鰊盛業屏風」


江差など江戸時代に道南ではじまったニシン漁は、北前船などによるニシン粕の販路の拡大とともに隆盛を迎え、「江差の春は江戸にもない」と歌われるようになった。しかし、主たる漁場は年を経るとともに北上し、江戸時代後半からは小樽周辺がもっとも有力な漁場となる。漁法の改艮や動力の導入などにより、明治から大正にかけてニシン漁とそれがもたらす莫人な経済効果はピークを迎える。

この「鰊盛業屏風」はその最盛期の明治30年代のニシン漁場を描いたものである。六曲一双のこの屏風は久保田金僊(くぼたきんせん:1875-1954)によって明治36年(1903)、28歳のときに描かれ、翌明治37年のセントルイス万博に他の日本を代表する工芸品とともに出品されている。

ところで、この当時のニシン漁は、良質な肥料である「〆粕」生産が主目的であった。江戸時代後期から、瀬戸内各地の綿花、阿波(徳島)の藍、紀伊(和歌山)のミカンなど高価で取引される作物に使われた。徳島県の肥料問屋に残された幕末の書状には、小樽倉庫ゆかりの西谷庄八の名前が書かれており、北前船で大量のニシン〆粕が運ばれたことが記されている。

明治37(1904)年の統計では全道の〆粕生産額はおよそ550万円(現在の約220憶円に相当に対し、食用の身欠ニシンは1割程度のおよそ60万円(同24憶円)であった。しかし、小樽に限ると、〆粕生産額の6割以上、およそ50万円(同20憶円)の身欠ニシンを生産している。すなわち、全道の身欠ニシンの80%以上は小樽周辺で生産されていた。すでに明治前半から小樽・高島の身欠ニシンはブランド化されていた人気商品であった。

ニシンは昭和30年前後に北海道近海から姿を消した。しかし、水産加工の技術は途絶えることなく、小樽のブランドを守ってきた。そして、10年ほど前、やっとニシンが前浜に戻ってきた。小樽の早春に「春告魚」が帰ってきたのである。

文章:石川 直章