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工楽松右衛門

2026年 5月 13日

工楽松右衛門

工楽松右衛門

写真:井田家所蔵古写真(福井若狭歴史博物館提供)

北前船の動力である帆を進化させた工楽松右衛門は、高田屋嘉平が師と仰ぎ、同時代を駆け抜けた伝説の人物です。
1743年、兵庫県高砂の漁師の元に生まれ、兵庫津(現在の神戸)に出た後、奉公先で船の操縦と商いを学び、御影屋平兵衛の手船八幡丸の船頭となり、北国への廻漕に携わることになります。

船乗りとしての並外れた才能は、回船問屋北風荘右衛門に伝わり、その後ろ立てのもと、兵庫津佐比江町に店を構え、船持ち船頭として独立。兵庫津を始まりに瀬戸内~日本海を巡り、海運業で大きな成功を収めます。

松右衛門は航海での経験をもとに、当時の和船の弱点であった帆を改良。「松右衛門帆」を生み出しました。その技術は惜しみなく同業者に広く伝えられ、帆の性能は高まり、航海速度も飛躍的に伸び、当時の海運業に一大革命をもたらしました。また、幕府や藩に乞われて、箱館や鞆の津を始め、全国各地の様々な港の改修にも尽力しました。択捉島の難工事を成し遂げた後、その功績により、幕府からは「工楽」の姓を与えられ刀持ちにまでなります。

生涯に於いて、創意工夫のもと様々な事業を展開した松右衛門。馴染みのある商品としては冬の風物詩である「新巻鮭」もその一つ。赤穂をはじめ瀬戸内の塩を積み、寄港地であった蝦夷地で鮭を塩漬けによって加工し、長い航路でも鮮度を保つことを可能にした鮭は、本州の食卓でも身近な魚になったと伝えられています。

こうして北国の伝統的な保存食からも、北前船船主の功績が今を生きる私たちの暮らしに根付いています。

*高砂神社 境内に建てられた工楽右松衛門の銅像

【NAKASHI CARRY ON BAG-帆布-】

多くの北前船が所狭しと停泊していた小樽港全盛期の運河周辺に溢れていた沢山の仲仕(港湾労働者)。その仲仕の纏う作業着から着想したオリジナルブランド「NAKASHI」より、CARRY ON BAGが生まれました。

薄手の帆布を使用した2wayワンショルダーのバッグは、北前船の動力であった「帆布」を素材に、船と運河の間を重い荷を背負い行き来する 仲仕の姿を想い重ね、カタチにしたものです。

古くから綿を染める際に使われてきた藍や柿渋を思わせるようなカラーラインナップが何処か懐かしく、スッキリとしたデザインながら情緒あるアイテムとなりました。

NAKASHI
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