縁起物としてお節の定番カズノコ

小樽港海の幸お届け便り vol.20

ニシンの卵巣であるカズノコは、粒の多さが子孫繁栄を連想させることから「縁起物」として用いられ、江戸時代の中期におせち料理の定番になったと言われています。

歴史的には室町幕府、13代将軍足利義輝にカズノコが献上されたという最初の記録が残っています。

カズノコの名前の由来はその昔、ニシンを「かど(カドイワシ)」と呼称していたことから、「かどの子」が訛って「カズノコ」になったと言われています。

かつて輸送手段が限られていたときは、日持ちして軽く運びやすい干しカズノコが一般的でしたが、食べる状態に水で戻すには一週間くらいかかります。年末の忙しい時期、とても手間がかかるので、1900年代(明治30年代以降)になってから塩カズノコがつくられるようになりました。

春先になると北海道や北陸沿岸に大量に押し寄せていたニシンですが、1897年をピークにその後は漁獲が激減し、1955年以後はほとんど採れなくなってしまいました。今は世界各地からの輸入に頼っています。

今日、日本産のカズノコ(ニシン)は、小樽のある石狩湾や道東の厚岸湖、風蓮湖など限られた場所でしか採れません。

なお世界的にニシンの漁獲高は安定していると言われ、近年不漁になったのは日本だけの現象です。

食通で知られる北大路魯山人は生前、「カズノコは塩漬けや生よりも一旦干した物を水で戻したものが美味い、カズノコに他の味を染込ませてはならない」と書き記し、「カズノコは音を食うもの」と言い残しました。





海と歴史を刻む街から口福のおすそわけ。「小樽港 海の幸お届け便」


かつて江戸から明治にかけて日本各地と北海道を結んだ北前船という商船がありました。
その頃から小樽を大きく発展させてきた「春告魚」とは鰊のこと。
ここから始まった小樽の水産加工の歴史は創業100年を超える企業を作り出してきました。
小樽百貨UNGA↑は、小樽水産加工業協同組合とともに、この街を活かしてきた「海の恵み」を全国の皆様へお届けいたします。


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